低糖質?高タンパク質食生活で作業記憶能が低下-海馬の健康と食生活の関係を示唆-
群馬大学共同教育学部の島孟留講師らの研究グループは、健康なマウスを用いて、4週間の低糖質?高タンパク質食摂取が作業記憶能を低下させること、加えて、マウスの海馬においてDcx(注1)やIgf-1r(注2)のmRNA(注3)量を低下させることを見出しました。
低糖質?高タンパク質食は、年々その市場の拡大が続いており、消費者の間で広く浸透しています。この習慣的な摂取による血糖コントロール能の向上などのポジティブな効果の多くは、肥満者や糖尿病患者で検討されたものであり、病的でない健康な生体への影響、特に健康な脳への影響はこれまで不明でした。同グループは、マウスのY字迷路試験(注4)を用いた研究により、4週間の低糖質?高タンパク質食(カロリーの比率:炭水化物 24.6%、タンパク質 57.6%、脂質 17.8%)摂取が、対照食(カロリーの比率:炭水化物 58.6%、タンパク質 24.2%、脂質 17.2%)摂取と比較して作業記憶能を低下させることを明らかにしました。この際の摂食量は、両グループで同等でした。同時にマウスの海馬において、新生神経細胞の印となるDcxのmRNA量や、神経細胞の成長?生存に関わるIgf-1rのmRNA量が低下していることを見出しました。これらのことから、海馬の神経可塑性の低下を通じて、低糖質?高タンパク質食が作業記憶を低下させることが示唆されました。
今後、本研究成果を足がかりとして、海馬の健康に寄与する食品(栄養成分の組み合わせ?食べ合わせを考えた低糖質?高タンパク質食など)の発展や食生活の提案に期待がかかります。
本研究成果は、2022年12月31日に、「Journal of Nutritional Science and Vitaminology」オンライン版で公開されました。
研究成果のポイント
- 健康な状態での慢性的な低糖質?高タンパク質食(LC-HP食)摂取が、認知機能に及ぼす影響は不明でした。今回、4週間のLC-HP食摂取で作業記憶が低下することを新たに見出しました。
- このLC-HP食摂取は、作業記憶に関わる海馬においてDcx mRNAやIgf-1r mRNA の発現を低下させることがわかりました。
- これらのことから、LC-HP食摂取による作業記憶の低下は、海馬の神経可塑性の低下により生じる可能性が示唆されました。
本件の概要
研究の背景
LC-HP食の市場は拡大を続けており、消費者にとって非常に身近なものとなっております。その摂取による血糖コントロール能の向上などのポジティブな効果の多くは、肥満者や糖尿病患者で検討されたものであり、病的でない健康な生体への影響、特に健康な脳への影響はこれまで不明でした。脳、とりわけ海馬が担う認知機能(作業記憶や学習機能など)を支える要因として、海馬での神経細胞への乳酸の輸送がある。その機構には、神経の可塑性を支えるIGF-1やBDNFなどの神経栄養因子が関わると想定されている。
そこで本研究では、習慣的なLC-HP食摂取がマウスの作業記憶に及ぼす影響、ならびに、作業記憶に関わる脳部位の海馬での乳酸の輸送担体や神経栄養因子、神経可塑性に関わる因子に及ぼす影響を検証することとしました。
研究内容と成果
LC-HP食(カロリーの比率:炭水化物 24.6%、タンパク質 57.6%、脂質 17.8%)、もしくは対照食(カロリーの比率:炭水化物 58.6%、タンパク質 24.2%、脂質 17.2%)を4週間、健康なマウスに摂取させました。その結果、対照食摂取群に比べて、LC-HP食摂取群で体重の増加率や血糖値、体重当たりの脂肪重量は有意に低い値でしたが、一方で体重当たりの腎臓重量は有意に高値を示しました。この際の摂食量は、両グループで同等でした。これらのマウスの作業記憶を、Y字迷路試験(図2A)を用いて評価したところ、LC-HP食によりY字迷路の成功率(作業記憶)が低下することが明らかとなりました(図2B)。作業記憶の低下と同時に、乳酸の輸送担体の発現量には影響がありませんでしたが、Dcx mRNA量やIgf-1r mRNA量が、海馬で低下することを明らかにしました(図3A, B)。神経細胞の生存や成長などに関わる栄養因子であるBdnf mRNAやその関連因子(Trkb mRNAなど)には、影響がありませんでした。以上の結果から、LC-HP食は、海馬の神経可塑性の低下を通じて、作業記憶を低下させることが示唆され、今後、IGF-1の関与をより詳細に探る必要性が示されました。
今後の展開
本研究では、4週間のLC-HP食摂取が作業記憶を低下させること、その1つの機構として海馬での神経可塑性低下の可能性を見出しました。今後、低糖質?高タンパク質食の良さを残しつつ、海馬の健康に寄与する食品(栄養成分の組み合わせ?食べ合わせを考えた低糖質?高タンパク質食など)の開発などを通じて、心身の健康に資するライフスタイルの提案やアスリートのコンディショニング、質の高い教育(食育)を発展させることに期待がかかります。
参考図
図1.LC-HP食摂取がマウスの生理パラメーターに及ぼす効果
図2.LC-HP食摂取がマウスの作業記憶に及ぼす効果
A) マウスの作業記憶の評価に使用したY字迷路試験と、その成功例と失敗例。
B) Y字迷路を8分間探索させた際の成功率は、LC-HP食摂取群で有意に低かった。
C) Y字迷路を8分間探索させた際の行動に有意な差はなかった。
図3.マウスの海馬内Dcx mRNA量とIgf-1r mRNA量
A) LC-HP食摂取により、海馬内Dcx mRNA量は有意に低下した。
B) LC-HP食摂取により、海馬内Igf-1r mRNA量は有意に低下した。
用語解説
注1 DCX
新生した神経細胞の目印。海馬では、新たに生まれた神経細胞が成熟し、既存の神経回路に組み込まれることが、その機能維持?向上に貢献すると考えられている。
注2 IGF-1R
Insulin-like grows factor-1 receptor、神経細胞の生存や成長などに関わる栄養因子であるIGF-1の受容体。
注3 mRNA
タンパク質合成の設計図となる塩基配列をもつRNA。
注4 Y字迷路試験
マウスに8分間、迷路内を探索させて、アームへの進入順序および進入回数を記録する。マウスが連続して異なるアームを選択した確率を成功率として算出し(成功率=成功回数/[アームへの進入の総数-2])、その確率が高いほど、作業記憶能が高いと評価する。
掲載論文
- 【題名】 Low-Carbohydrate and High-Protein Diet Suppresses Working Memory Function in Healthy Mice.
- 【著者名】 Takeru Shima1, Tomonori Yoshikawa1, Hayate Onishi1
1. Department of Health and Physical Education, Cooperative Faculty of Education, Gunma University, 4-2 Aramaki-machi, Maebashi, Gunma 371-8510, Japan - 【掲載誌】 Journal of Nutritional Science and Vitaminology
DOI: https://doi.org/10.3177/jnsv.68.527 - 【研究助成】 本研究は、群馬大学レギュラトリーサイエンス、JSPS科研費 若手研究(20K19565)の助成を受けて実施されました。