糖尿病の悪化のカギを握る新たなタイプのβ細胞を発見-新規糖尿病治療にむけた創薬のターゲットとなりうる細胞集団-
群馬大学生体調節研究所(群馬県前橋市) 分子糖代謝制御分野の深石貴大 医師(群馬大学特別研究学生/東京医科歯科大学 研究生)、中川祐子助教、藤谷与士夫教授らの研究グループは、順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学等との共同研究で、 インスリン ※1 を産生する β細胞 ※1 が遺伝子発現プロファイルの異なる7つの亜集団から構成されることを明らかにしました。
さらにこれら亜集団の中に、 PP細胞 ※2 と遺伝子発現プロファイルが近い、「Ppy系列β細胞」が存在することを発見しました。この系列のβ細胞は高血糖への反応性が低い一方で、高血糖ストレスに強く、その結果、いくつかの種類の糖尿病状態の膵島において、その割合が著増することを明らかにしました。
本研究は、β細胞の多様性に関する新たな情報をもたらすとともに、糖尿病発症および増悪メカニズムの一端を解明する成果と考えられ、今後、新たな糖尿病治療の開発につながる可能性があります。
本研究の成果は2021年9月9日17時(日本時間)にDiabetologia(欧州糖尿病学会雑誌, IF=10.12 (2020年))にon lineで公開されました。
詳細はプレスリリースをご覧ください。
本件のポイント
- 糖尿病発症の過程において、β細胞の数と機能が低下することが知られていた。
- PP細胞 ※2 を特徴づけるPpy遺伝子 ※2 を活性化した細胞が、PP細胞以外の内分泌細胞、例えばβ細胞へも分化することが細胞系譜追跡実験で明らかになった。
- シングルセル遺伝子発現解析 ※3 を用いて膵島細胞を網羅的に解析したところ、β細胞のなかに、遺伝子発現プロファイルがPP細胞のそれに近い、「Ppy系列β細胞」が存在することを明らかにした。
- 「Ppy系列β細胞」は、それ以外の「non-Ppy系列β細胞」よりも、グルコース応答性のCa2+流入反応が低いことが示された。
- いくつかの実験的糖尿病において、時間経過とともに、β細胞におけるPpy系列β細胞の割合が増加することが示された。
- 糖尿病患者の膵島 ※4 では、ストレスには強いが、高グルコースに反応してインスリンを分泌する能力が低い「Ppy系列β細胞」が多数を占めることが病気の発症や進展にかかわることが示唆された。
プレスリリース
糖尿病の悪化のカギを握る新たなタイプのβ細胞を発見-新規糖尿病治療にむけた創薬のターゲットとなりうる細胞集団-
関連リンク
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※1 インスリン、β細胞
血糖値を低下させる働きのある唯一のホルモン。β細胞から血液中に分泌され、肝臓?筋肉?脂肪細胞などで細胞内へのグルコースの取り込みを促進する。インスリンが不足すると、肝臓?筋肉?脂肪組織などの臓器でグルコースの利用や取り込みが低下し、血液中のグルコースレベルが増加し、糖尿病となる。
※2 Ppy、PP細胞
膵島に存在する主な4種類の内分泌細胞のうちのひとつが、pancreatic polypeptide (PP)を産生するPP細胞である。Ppy遺伝子はPPをコードする。したがって、Ppy遺伝子はPP細胞を特徴づける遺伝子の代表的なものと考えられる。PPには摂食抑制作用が報告されている。
※3 シングルセル遺伝子発現解析
細胞集団の転写産物を1細胞ごとに網羅的に解析する手法。そのため、従来行われていた集団の平均値としてではなく、一つひとつの細胞や分子の個性を維持したまま解析することが可能になった。細胞集団を構成する細胞がどう分類できるかが未知のままでも、細胞集団を亜集団にクラスタリングして特徴を抽出することが可能な解析法である。
※4 膵島
糖代謝に関連するホルモンを血液中に分泌することにより、血糖調節を司る膵臓内に存在する組織。α細胞、β細胞、δ細胞、PP細胞の4種類の細胞(それぞれ、グルカゴン、インスリン、ソマトスタチン、PPを産生する)で構成されている。ランゲルハンス島とも呼ばれる。