習慣的な軽い運動が共感性の向上に有効?-BDNFの関与とその調節機構の一端を解明-
群馬大学共同教育学部の島孟留講師、同大学未来先端研究機構の川端麗香講師らの研究グループは、健康なマウスを用いて、4週間の低強度運動が共感性を向上させること、加えて、マウスの島皮質においてBdnf(注1)のmRNA(注2)量や、その制御に関連するmiRNA(注3)であるmiR-486a-3p量を増加させることを見出しました。
他者理解を支える能力である共感性を育む運動条件は、これまで不明でした。同グループは、マウスの救助行動試験(注4)を用いた研究により、4週間の低強度運動がマウスの救助行動の表出を早めることを明らかにしました。さらに、この運動が、共感性を司る島皮質での Bdnf mRNA や miR-486a-3p の発現を高めることを見出しました。miR-486a-3pに制御されるFndc5とBdnf発現の相関関係が島皮質でみられたことから、島皮質でのmiR-486a-3p/Fndc5/Bdnf経路の上方制御を通じて、低強度運動が共感性の向上に功を奏すことが示唆されました。
今後、本研究成果を足がかりとして、共感性の向上に最適なライフスタイルや新規治療法の発展に期待がかかります。
本研究成果は、2022年4月19日に、「Brain Research」オンライン版で公開されました。
研究成果のポイント
- 共感性の向上に運動?スポーツが寄与する可能性が示されていましたが、その条件は不明でした。今回、習慣的な低強度の運動介入で共感性を高められることを新たに見出しました。
- この低強度運動は、共感性に関わる島皮質において Bdnf mRNA や miR-486a-3p の発現を高めることがわかりました。
- miR-486a-3pに制御を受けるFndc5とBdnf発現の正の相関関係が島皮質でみられたことから、低強度運動による共感性の向上は、島皮質内のmiR-486a-3p/Fndc5/Bdnf経路の制御により生じる可能性が示唆されました。
本件の概要
研究の背景
共感性は、他者との関係を築く上で重要な能力であり、その低下は他者への攻撃的な態度の表出につながると考えられています。これまで、共感性に関わる分子として、オキシトシンが注目されてきましたが、その臨床応用には未だ多くの課題があります。これに代わる分子として、最近、BDNFの可能性が報告されていました。脳内のBDNF発現を高める上で、低強度運動が有効だと示されていたことから、この運動は共感性の向上に寄与すると予想しました。
?そこで本研究では、低強度運動介入がマウスの共感性(救助行動)に及ぼす効果、ならびに、共感性の表出に関わる脳部位の1つである島皮質でのBDNF発現やその調節機構に及ぼす影響を検証することとしました。
研究内容と成果
30分間の低強度運動(分速7.0m, 週5日)を4週間、健康なマウスに課した後に、救助行動試験(図1A)を用いて共感性を評価しました。その結果、運動介入は救助行動(ドアを開ける行動)を早期に表出させることが明らかとなり(図1B)、共感性を高める上で低強度運動が有用であることを見出しました。また、共感性の向上と同時に、島皮質内のBdnf mRNA量が高まること、Bdnf量とその調節に働くFndc5の発現量に相関関係があることを明らかにしました(図2A, B)。さらに、miRNA発現の網羅的な解析から、Fndc5を制御するmiR-486a-3pが島皮質内で増加すること(図3A)、miR-486a-3p発現と救助行動に相関関係があることも見出しました(図3B)。以上の結果から、低強度運動は、島皮質内のmiR-486a-3p/Fndc5/Bdnf経路の上方制御を通じて、共感性を向上させる可能性が示唆されました。
今後の展開
本研究では、4週間の低強度運動が共感性を高めること、その1つの機構として島皮質内Bdnfの関与の可能性を見出しました。今後、共感性の向上に最適なライフスタイルの検討、miRNAの投与やBDNFの制御による影響の検討を通じて、共感性の醸成に資する新たな処方の開発や、学校教育における体育授業やスポーツ活動の価値の再考に期待がかかります。
参考図
図1.マウスの共感性に及ぼす低強度運動効果
A) マウスの共感性の評価に使用した救助行動試験注3装置。
B) 低強度運動介入により、ドアを開けるまでの時間が有意に短縮した(*p<0.05)。
図2.マウスの島皮質内Bdnf mRNA量の変化とFndc5との関係
A) 低強度運動介入により、島皮質内Bdnf mRNA量が有意に増加した(**p<0.01)。
B) 島皮質内Bdnf mRNA量は、Fndc5 mRNA量と有意な正の相関を示した。
図3.低強度運動による島皮質内のmiRNA発現の変化と共感性との関係
A) miR-486a-3pを含む26種のmiRNAが、低強度運動により有意に増加した。
B) 島皮質内のmiR-486a-3p発現と救助行動の表出に有意な相関がみられた。(miR-486a-3p発現が多いほど、ドアを開けるまでの時間がより短縮)
用語解説
(注1)BDNF
Brain-derived neurotrophic factor、神経細胞の生存や成長などに関わる栄養因子。
(注2)mRNA
タンパク質合成の設計図となる塩基配列をもつRNA。
(注3)miRNA
標的遺伝子の転写産物結合して、mRNAの不安定化やタンパク質合成の調節に関わる1本鎖RNA分子。
(注4)救助行動試験
安全地帯(図1A、灰色)にいるマウスが中央の回転ドアを開けて、水ゾーン(図1A、水色)にいるマウスの逃げ道を作る様子を観察する。安全地帯にいるマウスが回転ドアを開けるまでの時間を測定し、それが短いほど共感性が高いと評価する。
掲載論文
【題名】
Four weeks of light-intensity exercise enhances empathic behavior in mice: The possible involvement of BDNF
【著者名】
Takeru Shima1, Reika Kawabata-Iwakawa2, Hayate Onishi1, Subrina Jesmin3, Tomonori Yoshikawa1
- Department of Health and Physical Education, Cooperative Faculty of Education, Gunma University, 4-2 Aramaki-machi, Maebashi, Gunma 371-8510, Japan
- Division of Integrated Oncology Research, Gunma University Initiative for Advanced Research, 3-39-22, Showa-machi, Maebashi, Gunma 371-8511, Japa
- Faculty of Medicine, Toho University Graduate School of Medicine, 5-21-16 Omorinishi, Ota-ku, Tokyo 143-0015, Japan
【掲載誌】 Brain Research
DOI: https://doi.org/10.1016/j.brainres.2022.147920
【研究助成】
本研究は、公益財団法人 中冨健康科学振興財団、JSPS科研費 若手研究(20K19565)、文部科学省『多様な新ニーズに対応する「がん専門医療人材(がんプロフェッショナル)」養成プラン』、群馬大学未来先端研究機構の助成を受けて実施されました。また、本研究は、文部科学省先端研究基盤共用促進事業(新たな共用システム導入支援プログラム)JPMXS0420600120で共用された機器を利用した成果です。
本件に関するお問合せ先
群馬大学共同教育学部
講師 島孟留(しま たける)
TEL:027-220-7327
E-MAIL:ta-shima☆gunma-u.ac.jp
※☆を半角の@に変更してください。