脂肪由来の物質がインスリンを体内でふやすことを発見~あたらしい糖尿病の治療法開発へ~
群馬大学生体調節研究所の、白川純教授らの研究グループは、横浜市立大学、ハーバード大学医学部ジョスリン糖尿病センター(アメリカ)、アルバータ大学(カナダ)等との共同研究で、脂肪でつくられる物質により、体の中でインスリンをつくる膵β(ベータ)細胞を増殖させ、インスリンをふやすことを明らかにしました。
インスリンは体の中で、血糖値を下げることができるただ1つのホルモンです。膵臓の膵島という組織に存在するインスリンをつくりだす膵β細胞の量が少なくなると、インスリンが不足することで血糖値が高くなり、糖尿病の発症につながることがわかっています。肥満などのインスリンが効きにくい状態(インスリン抵抗性)では、体の中でインスリンを沢山つくりだし血糖値を下げるために、膵β細胞が増殖してインスリンを補うと考えられていますが、この作用がうまくいかなくなると、インスリンが相対的に不足し糖尿病を発症します。そこで、どのようにして代償的に膵β細胞がふえるのかがわかれば、少なくなった膵β細胞を増やして元に戻すことにより、体の中でインスリンをふやすことができ糖尿病の治療につながります。
今回の研究で、人工的にインスリンが効きにくくなる状態(インスリン抵抗性)をつくりだしたときに、膵β細胞ではどのような事が起こるのか詳しく調べました。その結果、血液中に膵β細胞の細胞分裂を促す物質が分泌されることでインスリンをたくさん作り出していることが明らかとなりました。興味深いことに、インスリンが効きにくい状態では、内臓脂肪から血液中に膵β細胞を増やす物質が出ていることもわかりました。さらに、これまで膵β細胞を増殖させるために必要であると考えられていたインスリン受容体を介した経路とは別のメカニズムによって、膵β細胞は増えており、その過程にはE2F1やCENP-Aというタンパク質が重要な役割を果たしていることを発見しました。
今回発見された、脂肪からでる物質が膵β細胞を増殖させインスリンを増やす作用は、ヒトの膵島においても認められました。本研究によって、糖尿病患者さんの体の中で、脂肪を利用して膵β細胞を再生させることにより、インスリンを作り出す新しい糖尿病の治療法開発に貢献すると思われます。
本件のポイント
- 肥満やインスリンが効きにくい状態で膵β細胞を補えないことが糖尿病発症につながる。
- そのため糖尿病治療においてインスリンを作り出す膵β細胞をふやす方法が求められている。
- 脂肪から血液中に膵β細胞を増殖させる物質が分泌されることを発見した。
- これまで知られているインスリン受容体を介した経路とは別の増殖経路が示された。
- この膵β細胞増殖は、E2F1やCENP-Aという分子を介しており、ヒトの膵島でも認められた。
- 上記の結果は、脂肪を利用した体内でインスリンを作り出す治療への応用が期待される。
本件の概要
我が国において糖尿病は成人の6人に1人が発症し、国民病とされています。肥満などによってインスリンが効きにくくなると、膵臓の膵島という組織に存在する膵β細胞の量が増えることで、インスリンを増やして血糖を下げようとする反応が起こることが知られています。このインスリン不足に対する膵β細胞を増やす作用が障害されることが、加齢や遺伝によっておこる2型糖尿病を発症する原因の1つになると考えられています。そこで、インスリンが効きにくい時に、どのように膵β細胞が増えているかが明らかになれば、糖尿病で相対的に少なくなった膵β細胞を再び増やすことによって、インスリンを体の中で作り出す糖尿病治療につながることが考えられます。さらに、自分の免疫で膵β細胞が破壊されてしまう1型糖尿病でも、わずかに膵β細胞が膵臓の中に残っており、体の中で膵β細胞を再び増やすことができれば、インスリンを作り出すことができると期待されています。
体の中の臓器は、他の臓器とコミュニケーションを取っていることが知られており、インスリンを作り出す膵β細胞も、肝臓や脳、骨ならびに筋肉などとネットワークを形づくっており、他の臓器からの信号を受け取ってインスリンの量も調節されていると考えられています。一方、肥満やメタボリックシンドローム(メタボ)などの内臓脂肪が蓄積する状態では、インスリンが効きにくくなるインスリン抵抗性という状態になり、血糖値を下げるためにインスリンがたくさん必要になってきます。このような状態では、脂肪組織の中で炎症などの変化が起こっていることが知られていますが、膵β細胞にどのような影響を与えているのかは知られていませんでした。
今回、S961というインスリンの作用を特異的に阻害するペプチドを、マウスにポンプで持続注入することにより、急速にインスリンが効かなくなる(急性インスリン抵抗性)モデルで、膵β細胞への影響を解析しました。すると、これまで肥満状態や肝臓でインスリンが効かなくなった時に膵β細胞が増えるために必要と考えられてきたインスリン受容体がない状態でも、膵β細胞は、インスリン受容体がある状態と同等に増殖することがわかりました。そこで、急性インスリン抵抗性により膵β細胞の中でどのような変化が起きているのか、遺伝子の発現を解析したところ、E2F1という遺伝子の発現を調節する転写因子とCENP-Aという細胞の分裂を調節する分子が、急性インスリン抵抗性による膵β細胞の増殖に関与していることがわかりました。E2F1やCENP-Aがどのようにして、膵β細胞で誘導されるのかを解析したところ、血液中に循環している膵β細胞を増やす物質が関与していることがわかりました。この循環因子による膵β細胞の増殖は、マウスだけでなくヒトの膵島でも認められました。さらに、急性インスリン抵抗性状態では、膵β細胞でE2F1を誘導し増殖させる物質が脂肪から出ていることも突き止めました。
以前は、脂肪はエネルギーをため込む器官と考えられていましたが、近年では血液中に他の臓器に作用するホルモンを豊富に分泌する器官でもあることがわかってきています。本研究では、脂肪から血液中にでてくる物質が膵β細胞を増やすという新しいホルモンなどの存在が示唆されました。これまでの研究により、この物質は1つではなく複数で作用している可能性が考えられます。本研究の成果は、今後、糖尿病患者さんの体の中で、脂肪をターゲットとして膵β細胞を増やすような新しい再生医療への応用に役立つことが期待されます。
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、科学研究費助成事業、および民間助成金からの助成に加え、1型糖尿病の患者及び家族による認定NPO法人であるIDDMネットワークの支援を受けて行われました。
論文詳細
- 論文名:E2F1 transcription factor mediates a link between fat and islets to promote β-cell proliferation in response to acute insulin resistance
- 論文著者:白川 純1,2,*, 富樫優2, Giorgio Basile3, 奥山朋子2, 井上亮太1,2, Megan Fernandez3,京原麻由2, Dario F. De Jesus3, 後藤希実2, Wei Zhang3, 都野貴寛1,2, 金達也4, Hui Pan3, Jonathan M Dreyfuss3, A. M. James Shapiro4, Peng Yi3, 寺内康夫2, Rohit N. Kulkarni3,* (1. 群馬大学生体調節研究所代謝疾患医科学分野、2. 横浜市立大学医学部分子内分泌?糖尿病内科、3. ハーバード大学ジョスリン糖尿病センター、4. アルバータ大学臨床膵島研究室.*, 責任著者)
- Cell Reports誌(Cell Press:米国)
- 公開日:2022年10月4日11時(アメリカ東部時間)(日本時間:2022年10月5日0時)
本件に関するお問合せ先
群馬大学 生体調節研究所 代謝疾患医科学分野 教授 白川 純
群馬大学 生体調節研究所庶務係長 富澤 一未
TEL:027-220-8822
E-MAIL:kk-msomu4★ml.gunma-u.ac.jp
※★を半角の@に変更してください